整体って字の感じからして「きをつけ」的なシャキッとするイメージがあった私。

でも、「こういう体がおすすめ」という正解があるわけではなく、治す、にこだわるとゴールは果てしなくなり、どこか他人任せになってしまう気がしてきました。

「どうよ私」と手抜き手入れの持ち主に対し、咲き誇る花の姿に感服

体の硬さに困っている
体に痛む場所があり気になる
疲れがなかなかとれない

などなどお困りごとは人それぞれ。
となるとゴールも人それぞれのような気がしていましたが、体に向き合っているうちに実は体の修復力が鈍っているだけかも?と思うようになりました。

「ここがほぐれると、動きやすくなるからあとは私(体)に任せて」と体が修復力を発揮する出番を待っているような気がしてきたのです。

猫背も、おなかポッコリも、足のむくみも……治すというより、元のしなやかさを取り戻せばいいのです。
そしてその力は各自の体に宿っている、ということを忘れているだけなのでは。

「確かに、寝るだけでも体軽くなるなぁ」と思い当たりませんか。
自分の体が信じられるようになると、食べることも運動することも眠ることも、もっと体に協力したくなりませんか。

整える、という視点から体に向き合うと、「自分でできることをやってみようか」という気持ちも生まれます。
例えば、冷えを感じる部分に自分の手を当ててゆっくり呼吸する。
「ああ、ここ冷えていたんだ」という気づきと「暖かいって気持ちいいんだ」という実感で、体の修復スイッチがオンになるきっかけになります。

体が整うとは、体内の血や気や水分の巡りと共に、体の修復能力が整えられることなのかもしれません。

そういえばワンピース(アニメ)のルフィーも、あれだけボコボコにやられても見事に立ち直っているものね。
強さ以上にその修復力を尊敬してしまいます。